理学療法士として患者さんの症状改善に貢献するためには、
神経系の役割と痛みのメカニズムを理解することが不可欠だと考えています。
なぜなら
・痛み症状の改善には神経系が大きな役割を果たしている。
・神経系の回復のための鍵は患者さん個々の問題によって異なる。
・特に慢性痛の患者さんでは、複数のメカニズムが同時に作用していることがある。
これらの理解なしには、効果的なアプローチを選択することが困難になります。
今回は痛みについて整理しましたので、
痛みの改善に対してお悩みのセラピストに参考になれば幸いです。
痛みの定義から考える
2020年の国際疼痛学会(IASP)の痛みの定義は
「実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、
あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」
この定義には6つの注釈があり、
- 個人的な経験:痛みは常に個人的な体験であり、生物学的、心理的、社会的要因によって様々な程度で影響を受けます。
- 痛みと侵害受容の区別:痛みと侵害受容は異なる現象であり、感覚ニューロンの活動のみから痛みを推測することはできません。
- 痛みの概念の学習:個人は人生経験を通じて痛みの概念を学びます。
- 痛みの訴えの尊重:個人が痛みを経験していると報告することは尊重されるべきです。
- 適応的役割と悪影響:痛みは通常適応的な役割を果たしますが、機能や社会的・心理的健康に悪影響を及ぼす可能性があります。
- 非言語的表現:痛みを表現する行動は言語的描写だけではありません。コミュニケーション能力がないからといって、人間や動物が痛みを経験する可能性を否定することはできません。
言ってることは何となく分かるけど抽象的すぎる。
もうちょっと分解してみると・・・
痛みのタイプから考える
痛みの3つのタイプについて
- 侵害受容性疼痛:
- 主に「現場(症状部位)」に関連
- 非神経組織の損傷によって生じる痛み
- 例:外傷、手術後の痛み、関節炎、スポーツ障害
- 神経障害性疼痛:
- 主に「神経経路」に関連
- 体性感覚神経系の病変や疾患による痛み
- 例:糖尿病性神経障害、帯状疱疹後神経痛、三叉神経痛
- 痛覚変調性疼痛:
- 主に「脳」の構造的・機能的変化に関連
- 明確な組織損傷や神経系の病変がなくても生じる痛み
- 例:複合性局所疼痛症候群1型、過敏性腸症候群、慢性疲労症候群
急性痛と慢性痛の違いについて
急性痛の特徴
- Aδ線維とC線維は基本的に侵害刺激に対する反応を伝える
- 組織損傷や炎症などの実質的な原因がある場合の警告システムとして機能する
慢性痛の特徴
- 組織の治癒期間を超えて3ヶ月以上持続する痛み
- 明らかな原因がないにもかかわらず長期間持続することがある
参考文献
慢性疼痛は症状か病気か
Treede, R. D., Rief, W., Barke, A., Aziz, Q., Bennett, M. I., Benoliel, R., … & Wang, S. J. (2019). Chronic pain as a symptom or a disease: the IASP Classification of Chronic Pain for the International Classification of Diseases (ICD-11). Pain, 160(1), 19-27.
痛みとはなにか? 急性痛と慢性痛の違い、痛みのことなるタイプについての解説
Woolf, C. J. (2010). What is this thing called pain?. The Journal of clinical investigation, 120(11), 3742-3744.
文脈における疼痛評価 痛覚変調性疼痛の解説と他の痛みのタイプの違い
Kosek, E., Cohen, M., Baron, R., Gebhart, G. F., Mico, J. A., Rice, A. S., … & Sluka, A. K. (2016). Do we need a third mechanistic descriptor for chronic pain states?. Pain, 157(7), 1382-1386.
痛みの細胞及び分子メカニズムについて
Basbaum, A. I., Bautista, D. M., Scherrer, G., & Julius, D. (2009). Cellular and molecular mechanisms of pain. Cell, 139(2), 267-284.
脳の問題が痛覚変調性疼痛で、
脳以外の問題が侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛ってことか・・・。
後者の場合は組織損傷があるので、
画像や超音波診断、血液データ、理学的初見が大切になる。
でも、前者はどうすればいいの?
痛みの伝導路について
感覚的側面(外側系)
- 脊髄から視床の腹側基底核群(VB complex)を経て体性感覚野に至る経路
- 主にAδ線維による一次痛の伝導を担当
- 伝導速度が5〜30m/秒と比較的速い
- 痛みの性質として瞬時に感じる鋭い痛み
- 場所がハッキリしており、持続時間が短い(数秒から数分)
- 主に機械的な刺激に反応する
情動的側面(内側系)
- 脊髄から視床の髄板内核群を経て大脳辺縁系に至る経路
- 主にC線維による二次痛の伝導を担当
- 伝導速度が0.5〜2m/秒と遅い
- 痛みの性質として遅れて感じる鈍い痛み
- 場所がハッキリせず持続時間が長い(数分から数時間)
- 機械的な刺激だけでなく、熱・化学的な刺激にも反応する
例:包丁で指を切った場合
- 最初に感じる「痛っ」という鋭い痛み→Aδ線維
- その後に続く「ズーン」とした痛み→C線維
痛みの種類によって脳への影響が変わる。
でも、痛みの種類だけで慢性痛か急性痛かは判断できない。
脳の中でなにが起こっているのかはまだまだ謎だな・・・。
急性痛と慢性痛の脳活動の違い
- 急性痛:主に体性感覚野が活性化
- 慢性痛:より広範囲な脳領域が関与
慢性痛における脳の変化
機能的変化
- 前帯状皮質(ACC):
- 両側性でより広範囲な活性化
- 痛みの情動的側面の処理が強調
- 島皮質(IC):
- より広範囲な活性化
- 感覚識別に関連する傾向
- 前頭前皮質(PFC)と辺縁系:
- 内側PFCと側坐核(NAc)の機能的連結性が増加
- 痛みの情動的・動機づけ的側面の処理に関与
- デフォルトモードネットワーク:
- 痛みや感情を司る脳領域の接続性増加
- 下行性疼痛抑制系:
- 脳幹部における活動性の低下
構造的変化
- 灰白質密度の減少:
- 島皮質、体性感覚野、運動野、側坐核などで観察
- 白質の変化:
- 痛みに関連する脳領域の形状や大きさに変化
化学的変化
- 神経伝達物質の変化:
- 脳脊髄液中のサブスタンスPやグルタミン濃度の増加
- GABAergic伝達の抑制
神経可塑性の役割
- 中枢神経系の感作:
- 慢性的な痛み刺激により、脊髄や脳の神経回路が過敏化
- 脳の適応的変化:
- 痛みの慢性化に伴い、脳の構造と機能が変化
- 心理社会的要因の影響:
- ストレスなどの要因が神経可塑的変化を引き起こす可能性
参考文献
慢性痛における脳の機能的・構造的変化について
特に前帯状皮質(ACC)、島皮質(IC)、前頭前皮質(PFC)の役割について詳細に述べています。
Apkarian, A. V., Hashmi, J. A., & Baliki, M. N. (2011). Pain and the brain: Specificity and plasticity of the brain in clinical chronic pain. Pain, 152(3 Suppl), S49-S64.
慢性痛に関連する脳の構造的変化、特に灰白質密度の減少や白質の変化について
Kuner, R., & Flor, H. (2017). Structural plasticity and reorganisation in chronic pain. Nature Reviews Neuroscience, 18(1), 20-30.
中枢神経系の感作と神経可塑性の役割について
慢性痛における神経回路の過敏化メカニズムを理解に役立ちます。
Latremoliere, A., & Woolf, C. J. (2009). Central sensitization: a generator of pain hypersensitivity by central neural plasticity. The Journal of Pain, 10(9), 895-926.
慢性痛における前頭前皮質(PFC)と側坐核(NAc)の機能的連結性の増加や、痛みの情動的・動機づけ的側面の処理について
Baliki, M. N., & Apkarian, A. V. (2015). Nociception, Pain, Negative Moods, and Behavior Selection. Neuron, 87(3), 474-491.
慢性痛における下行性疼痛抑制系の変化や、デフォルトモードネットワークの変化について
Bushnell, M. C., Ceko, M., & Low, L. A. (2013). Cognitive and emotional control of pain and its disruption in chronic pain. Nature Reviews Neuroscience, 14(7), 502-511.
組織の損傷→発痛物質→脳
脳に伝わる経路は2つあるが、どちらも脳に影響を与える。
人によって脳の変化は差があるが、脳の機能や構造に変化が起きてしまうと
痛覚変調性疼痛となる。
なので
・【現場】に問題がある場合は
【現場】もしくは【現場】に影響を与える要素へアプローチ
・【神経経路】に問題がある場合は、
末梢神経系・中枢神経系へアプローチ
・【脳】に問題がある場合は、
中枢神経系へアプローチ
が必要になるんだな。
アプローチについて
脳の構造的変化について
慢性痛患者の脳の構造的変化については、症状の改善とともに一部の変化が元に戻る可能性があることが示唆されています。
- 灰白質の変化
慢性痛患者では、前帯状皮質、島皮質、背外側前頭前皮質などの領域で灰白質の減少が観察されている。しかし、効果的な治療後にこれらの領域で灰白質の増加が見られることがある。 - 機能的変化の正常化:
慢性腰痛患者を対象とした研究では、治療後に島皮質の機能的連結性が正常化し、その程度が痛みの軽減と相関していることが報告されている。 - 代謝活動の変化
PET研究では、神経刺激療法後に一次体性感覚野、島皮質、前帯状皮質などでグルコース代謝や血流量の増加が観察されている。 - 可塑性と回復
脳の構造的変化は慢性痛の原因ではなく、むしろ結果であり、少なくとも部分的には可逆的である可能性が示唆されている。
効果のあるとされるアプローチ
アプローチには運動療法、認知行動療法や、患者教育が重要ともされています。
運動療法について:
Geneen et al. (2017)の系統的レビューでは、運動療法が慢性疼痛の重症度を軽減し、全体的な身体機能と生活の質を改善する可能性があることが示されています。
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5461882/
認知行動療法(CBT)について:
Williams et al. (2012)のメタ分析では、CBTが慢性疼痛患者の痛みや障害、気分、破局的思考に対して統計的に有意な効果があることが報告されています。
https://www.apa.org/pubs/journals/releases/amp-a0035747.pdf
患者教育について:
Yelland et al. (2023)のシステマティックレビューでは、患者教育が慢性広範囲痛(CWP)と線維筋痛症(FM)の管理において重要な役割を果たすことが示されています
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37162478/
参考文献
慢性痛患者の脳灰白質の減少が観察され、痛みの軽減後に灰白質の増加が見られたことの報告
Rodriguez-Raecke, R., Niemeier, A., Ihle, K., Ruether, W., & May, A. (2009). Brain Gray Matter Decrease in Chronic Pain Is the Consequence and Not the Cause of Pain. Journal of Neuroscience, 29(44), 13746-13750.
慢性腰痛患者の治療後の脳の機能的および構造的異常の改善された事例
Seminowicz, D. A., Wideman, T. H., Naso, L., Hatami-Khoroushahi, Z., Fallatah, S., Ware, M. A., … & Stone, L. S. (2011). Effective Treatment of Chronic Low Back Pain in Humans Reverses Abnormal Brain Anatomy and Function. Journal of Neuroscience, 31(20), 7540-7550.
変形性股関節症患者の手術後に視床の萎縮が改善されたことについての報告
Gwilym, S. E., Filippini, N., Douaud, G., Carr, A. J., & Tracey, I. (2010). Thalamic atrophy associated with painful osteoarthritis of the hip is reversible after arthroplasty: A longitudinal voxel-based morphometric study. Arthritis & Rheumatism, 62(10), 2930-2940.
問題が脳にあるからといって、
何もできないわけではないんだな。
セラピストの施術や言葉、態度も相手の脳を刺激していないアプローチなんて存在しない訳だし。
具体的・実践的な評価は?
臨床現場で見ていると、
「慢性疼痛の基準とされる3ヶ月」持続時間に基づく定義はあまり意味がないと思います。
損傷後の管理があまいとか、関節の変形によるダメージがあるとか。
では鑑別するのに有効だと思うものをまとめてみました。
臨床所見
・画像診断と組織損傷の評価
痛みの訴えのある部位に組織損傷や炎症がないなら神経障害性疼痛
とても重要な指標ですが、画像所見と症状が一致しないことも多いので要注意。
・痛みの性質の評価
「ジンジン・ズキズキ」なら侵害障害性疼痛
「刺すような痛み、灼熱感、ビリッと、痺れる」なら神経障害性疼痛
患者さんの表現力や文化的背景によって異なる可能性あり。
・神経学的初見の評価
明らかな麻痺や感覚障害などがあるなら神経障害性疼痛
・生活背景や心理的要因の評価
会話や様子から生活背景や心理的な様子があるなら痛覚変調性疼痛の可能性
質問用紙
・painDETECTで13点以上なら神経障害性疼痛の可能性あり
・破局的思考スケール(PCS)などで心理的因子を評価し痛覚変調性疼痛の可能性を探る
重藤隼人.非特異的疼痛の質問紙評価ツール.徒手理学療法.24(1:)37–44, 2024
現場では3つのタイプが混在しているのが実際なので、
きれいに分けられるものではないと思います。
さらに投薬の内容と効果からも鑑別ができるのでは?
ということで、
薬物療法による鑑別
侵害受容性疼痛
- NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)
プロスタグランジンの合成を阻害することで痛みを抑制する。
ロキソニン、セレコックス、ボルタレンなど - アセトアミノフェン
中枢性COX阻害に加え、カンナビノイド受容体やセロトニンを介した下行性抑制系の賦活化により疼痛を抑制する。
神経障害性疼痛
- ガバペンチノイド
カルシウムチャネルに作用し、神経の過剰興奮を抑制する。
プレガバリン(リリカ)、ミロガバリン(タリージェ) - セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬
神経の過剰興奮を抑制したり、痛みを抑制する神経伝達物質の働きを強めたりする
三環系抗うつ薬(トリプタノールなど)
SNRIs:サインバルタなど
痛覚変調性疼痛
単一の薬剤に頼るのではなく、複数の薬剤を組み合わせることが一般的。
- 抗うつ薬
- 抗痙攣薬
- SNRIs
- 弱オピオイド
複数のタイプに効果を示す薬剤
- リドカインなどの局所麻酔薬
侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛の両方に有効な場合がある。 - オピオイド
急性疼痛、がん性疼痛、神経損傷による慢性疼痛など、様々なタイプの痛みに使用される。
使っている薬剤で
効果のあるなしが重要なヒントになるかもしれませんね。
具体的・実践的なアプローチは?
侵害受容性疼痛や神経障害性疼痛については
解剖学、運動学、生理学などの評価に基づいたアプローチがとても有効です。
痛覚変調性疼痛については
TMSなどのニューロモジュレーションや、
国立精神・神経医療研究センター様のHP
ミラーセラピーの概念を発展させたVR治療など興味深いものがでてきていますね。
WevAR様のHP AR・VRの医療現場での活用事例について解説
ただまだまだそのようなものがない現場が多いと思います。
しかしこれまで見てきたように脳も回復することが明らかになっています。
私は理学療法士として患者さんに提供しているものを4つに分けています。
- 物理的刺激(直接触れる施術など)
- 非接触的刺激(感覚刺激・遠隔療法など)
- 言語的刺激(会話や情報など)
- 非言語刺激(態度など)
これらを適切に組み合わせることで、
患者さんの脳に働きかけ、
より効果的な回復を促すことができると考えています。
懸念しているのは、
養成校や卒後教育においては物理的刺激(直接触れる施術など)について学ぶことに重きが置かれている点です。
その重要性を否定するつもりは全くありませんが、
私が個人的に大切にしているのは先に述べた4つの刺激を
効果的に使うために重要だと感じるのが3点です。
- 患者さんに寄り添い貢献したいという動機
- 患者さんのモチベーション向上と方向づけ
- 患者さんに対する適切な評価能力
脳を変えていくには患者さん自身の変化が必須です。
患者さん自身が自己管理ができる領域でもあります。
セラピストとして患者さんとともに改善への道を歩く伴走者でありたいと思っています。
勉強熱心なセラピスト、
経験年数が多いセラピストほど、
ともすると方法論を押し付けてしまう。
具体的には
「●●の筋肉の柔軟性が・・・・」
「この方法でいいからやってください」
と理論・理屈が優先され、
結果現実の症状は変わらないという悲劇は避けたいものです。
新たな可能性を探る
- もし患者さんの痛みが複数のメカニズムによるものだったら、
どのようなアプローチの組み合わせが効果的でしょうか? - 個々の患者さんの状況に応じて、
どのように治療計画をカスタマイズできるでしょうか? - 最新の研究成果や技術を、
どのように日々の臨床実践に取り入れることができるでしょうか?
私の結論として、
様々な知識・技術・方法論・メソッドに幅広く触れつつ、
患者さん一人ひとりの状況に応じた総合的なアプローチを行うことが、
効果的な理学療法の鍵となると考えています。
脳の問題であったとしても、
筋骨格系の問題であったとしても、
力になれる道筋を探し続けてきました。
私の経験でも、
- 夫婦関係の改善が症状の改善に役だったケース
- 腰椎椎間関節ヘルニアの腰部痛改善のキーになる鼻からのリリース
- 食生活の改善により荷重可能になった末梢神経障害のケース
- 三叉神経痛の改善のキーとなったのが脳幹機能への刺激
など一人ひとり全く改善のプロセスやアプローチは違ったことを経験してきました。
さらなる学びを希望される方へ
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登録頂いた方には患者さんから
「頼むからリハビリやめてくれ」と言われたダメダメセラピストである私が、
1000万円以上様々な学びにお金をかけても、
「なにか腑に落ちない・・・」という経験をし続けた私が、
20年かけてやっと気付いたセラピストに必要な3つの力を詳しくお伝えできればと思います。
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